「赤ちゃんが言語を身につけるように外国語を学習しよう」という教材が世の中には溢れている。
実際に手に取って使っているひともいるのだろうけど、言語科学を勉強するとそれが迷信だとわかる。
実際に行われている子どもの言語獲得の過程を辿りながら、それがどうして迷信といえるか考えてみたい。
「赤ちゃんのように外国語を」は迷信
「赤ちゃんが言語を身につけるように外国語も」というのは迷信だ。
言語の獲得は一定の年齢を過ぎると困難になるということは、オオカミに育てられたジニーが人間社会に保護されたあとに人間言語を獲得するのが困難だったという例から明らかになっている。
子どもの言語獲得の過程は大人で再現できるか
子どもと同じように英語などの外国語を学習させようという教材は世の中に溢れている。
ジニーの例を見ればそれが不可能なことは明らかなのだが、順を追って説明していきたい。
喃語期
子どもはまず「あー」「うー」などの喃語(なんご)を発話するようになる。
「だーだー」とかなんとか、大人には理解できない独特な言葉を話す。
赤ちゃんのように外国語を聞くだけで勉強できる教材を使っているひとがこういう発話をしているのは見たことがない。
1語発話期
次に単語を獲得して「1語発話期」が訪れる。
「パパ」「ママ」「赤」などの単語と概念が結び付く時期だ。
単語と概念との結びつきについては、ソシュール的な恣意性が働くので何とも言えないが、概念にラベルを振ることができるのがこの時期だろう。
2語発話期
初歩的な文法を獲得するのが2語発話期。
単語と単語を結び付けて非常に簡単な文を作るようになる。
「これ、あか」(これは赤い)レベルの初歩的な文法で、単に単語と単語を結び付けているに過ぎない時期だ。
そして大人の文法へ
2語発話期を過ぎると、実際に大人が使っている言語に近い文法を身につけるようになる。
1つの文の単語数は増えていき、徐々に助詞などの機能語を身につけるようになる。
子どもの言語獲得を大人が再現するのは不可能に近い
子どもは極めて短期間に人間言語の文法を獲得する。これは間違いない。
ただ言語獲得には臨界期があるとされていて、一定の年齢に達するとこのように言語を獲得するのは非常に難しいというのが言語科学の世界では有力な仮説となっている。
「赤ちゃんと同じように外国語を学習しよう」というのは、言語科学の観点から見ると眉唾物と考えて差し支えないだろう。
赤ちゃんの言語獲得を再現する大人を見たことがあるか
「赤ちゃんと同じように外国語を学習しよう」という教材のCMがよく流れているけれども、実際に「赤ちゃんと同じように」言語を獲得している大人はいるだろうか。
まず喃語期。赤ちゃんと同じように言語を獲得するのであれば、「あー」「うー」などという発話から始まるというのは上で見た通りだ。
そういう大人を見たことがあるだろうか。
子どもの言語獲得は1語発話、2語発話を経て大人の文法へと進んでいく。
片言の英語を話す人はいるだろうけど、それには機能語が含まれるので子どもの発話とは違うものといっていい。
そういうわけで、「赤ちゃんと同じように言語を獲得する」ということは実際にできていないということがわかる。
インプット・アウトプットの量は大事
身も蓋もないことだけど、英語に触れている時間が長ければ英語力は上がる傾向にある。
仮に「赤ちゃんと同じように言語を獲得する」教材で外国語ができるようになったひとがいるとすれば、それはインプットやアウトプットに費やす時間が以前よりも増えた結果だろう。
どんな教材を使ったとしても、それが余程劣悪な教材でなければ外国語能力は伸びる。
必要なのは「やる気」と「時間」
外国語学習に必要なのは「やる気」「根気」「時間」これだけだ。
とりあえず自分の能力に応じた教材を買って、それを1冊終わらせることから始めよう。高い教材を買う必要はない。
中高生が使うような参考書で十分だ。
「安価な教材ではモチベーションが上がらない」というひとは、高価な教材に手を出してもいいだろうと思うけど、個人的にはあまりオススメしない。
中高生が使うような教材を一通り終えれば、十分な読解・聴解能力が身につくし、あとは和文英訳などを通じて書く能力を伸ばせば自然と英語を話せるようになるだろう。
関連文献
子どもの言語獲得に関する概説書
- 広瀬友紀(2017)『ちいさい言語学者の冒険――子どもに学ぶことばの秘密』 (岩波科学ライブラリー)
- 今井むつみ(2014)『言葉をおぼえるしくみ: 母語から外国語まで 』(ちくま学芸文庫)
科学的な外国語学習の概説書
- 白井恭弘(2008)『外国語学習の科学―第二言語習得論とは何か 』(岩波新書)
- バトラー後藤裕子(2015)『英語学習は早いほど良いのか』(岩波新書)
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